COLUMN

日本人の肌は美しい

スキンケア歴史学生時代、外国の方に「日本人はみんな肌がキレイだけど、何をしてるの?どこのエステに通ってるの?」と聞かれたことがあります。私自身は当時ちっとも気にかけていなかったので、全然答えられませんでしたが。

日本人の肌は欧米人にくらべると角質層の厚さが3分の2ほどしかありません。
そのため、透明感のある美しい肌に見えるのだと思います。

また、角質層は薄いですが、その下の真皮層や皮下組織は欧米人より厚いため、シワやたるみの発生率が低いと言われています。
逆に真皮層が厚い分、皮脂腺も活発なため皮脂分泌量は20%多くなってしまうのですが。

さらに、湿度の高い環境であることやヘルシーな和食を食べていることも、美肌の要因に数えられます。

このように美肌の素地がもともと日本人にはあるわけですが、それも正しいケアをしなければ失われてしまいます。
そこで、これまで日本人女性はどんなスキンケアをしてきたのか、日本のスキンケアの歴史を調べてみました!
時系列でご紹介します。

6世紀頃の古墳時代までは、女性は魔除けのために赤い顔料を顔に塗っていました。
その後、飛鳥時代に唐から白粉が伝わり、顔を真っ白に塗るのがおしゃれだとされるようになりました。この頃から白い肌への憧れや美意識が芽生えたんですね。

平安時代になると、長い黒髪と白い肌が貴族の女性の美の基準となりました。
絵巻でもよく見られる真っ白なお顔。もちろん白粉を塗っていたのですが、どうやって落としていたのか?
どうやら小豆の粉末を使っていたようですね。「澡豆(そうず)」と呼ばれ、肌の色を白くし、キメが整う効果があるそうです(いまも小豆を使ったスクラブなどが販売されていますね)。

そして、戦国時代が終わり江戸時代になると、庶民にも化粧文化が広がります。真っ白な厚化粧から薄化粧へと変わり、それとともに素肌を美しくするスキンケア習慣が一般化していきました。

どんなスキンケアをしていたかと言うと、
洗顔にはウグイスの糞や糠(ぬか)、化粧水にはヘチマ水などを使っていたそうです。
いまでも化粧品として使われている素材ですね。ウグイスの糞美容は海外でも話題で、美白や、シミ・小じわの改善などに効果があるらしいです。

また、なんと『都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)』という美容本も江戸時代に出版されています。美白美容液の作り方や美肌作りの洗顔法が記され(イノシシの蹄を使った美容液とかびっくりなものも)、当時大ベストセラーになったそうです!女性たちの美に対する意識も向上してきたのがうかがえますね。

明治時代には、国をあげた公衆衛生の普及活動で、庶民生活に石鹸やクリームが加わります。化粧水には西洋医学が取り入れられ、明治後期には「美顔術」というエステも登場します。
大正時代になると、女性が社会進出するに伴い、スピードを重視したオールインワン的な発想の時短化粧品も発売されました。

昭和時代には、肌タイプ別の洗顔法が提唱されたり、美白や毛穴引き締めといった機能的な化粧水が開発されたり・・・。戦後には一気に西洋化し、ベースメークの主流も白粉から油性ファンデーションへと替わり、それとともにクレンジングクリームという新しいスキンケアアイテムも生まれました。

そして現代。百貨店やドラッグストア、コンビニにも、女性の様々なニーズに応えた多種多様なスキンケアアイテムが並んでいます(アイテムが多すぎて何を選んだらいいかわからないスキンケア難民も増えましたが・・・)。
今では化粧品だけでなく美容技術や美容機器の発達とともに、美肌への関心と欲求がますます強くなっているのを感じます。

こうやって時代ごとに見ていくと、女性を取り巻く社会環境や美意識の変化とともにスキンケアが発展してきたことがよくわかります。

今後はもっともっと女性が社会で活躍するようになり、わたしたちもそんな女性たちを応援するようなスキンケア商品を提供し続けたいと改めて気が引き締まる思いです。

みなさんは、どんなスキンケアアイテムがほしいですか?いまは実現できないような未来道具っぽい発想でも構いませんので、「こんなスキンケアができたら嬉しい!」「こんな肌になるようなアイテムがほしい!」というのがありましたらぜひ教えてください。

それでは、今日もいい眠りがみなさんに訪れますように。
SILK85のあーちゃんでした。

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